■ エッセイ:正 門編はじめに



エッセイ正門編「はじめに」(10.4.14)

■ ホームページの更新がなかなか出来ませんでした、ブログの方も更新が出来ませんでした。
何故か自分なりに考えて見ました。。「父」が亡くなった事で気が滅入って書きたくなかった・・・・?
どうも今ひとつ違う感じでした、、新しい仕事が見つからなかったから気が落ち着かなかった・・・・?
これも今一違う感じでした。

■ 生活環境が変わった・・・帰国し、日本での生活・・・これが最大の要因のようです。
頭の中の数字はいまだに、、中国語です。電話番号は中国語で出てきます。
日本語で喋るとストレスが掛かります。
生活の中でも、気が高ぶる部分では中国語で感じます。

■ 断わっておきますが、、私は中国語は少ししか喋れないし、発音も下手です。
でも、単語として中国語で自分の気持ちを表現してきた習慣が未だ残っています。
腹がたっと、、「不行」(プーシン)、「毛病」(モーピン)で感じます。。

■ 周りから中国語が雨霰と降っていたのが、まったく聞かれなくなりました。
中国語の意味はわからなくても、あのイントネーションが無くなってしまいました。
「劉徳華」をレンタルビデオ店で見ると、、感激します。「王菲」を見ると95年当時が蘇ります。

■ 帰国して、、中国の上司でもあり、、友でもあった方からメールが来ました。
「知り合って17年。。この年月は決して短くない。長い時間でした。」
「中国が懐かしくなったら、、いつでも来て下さい。歓迎します。」
そう書いてありました。

■ 昨日もスカイプで、「元気ですか?」と連絡をくれる人もいます。
私の中では、、「086−237−0555」だと、、
「リンパーリュー、アサンチィリン、サンガウ」と読んでしまう生活をしていました。
今でも、自分ではそぉ覚えて、日本語に替えて電話をします。。

■ 昨日、、ふと、「wujing 加油!」と聞こえた様な感じになりました。
「没関係」と答えた気になりました。
( 「うーちん頑張れ」・・・・「大丈夫や」そういう意味です。。)

■ これから、wujingが復活します。お楽しみに。。



wujingと天邪鬼の正門