■ 思い出の中国 日本国旗 中国国旗 その六:すさまじい光景

※ 中国で生活した約14年間の思い出を書いています。


■思い出の中国:その六(2010.7.16)

すさまじい光景に度肝を抜かれました。。

中国へ入り第二日は、旅疲れと興奮もあろうと、、中国の総経理の計らいで朝はゆっくりし9時過ぎに会社へ入り、
自己紹介等をし中国についての風習の違いや、生活上の注意点などを聞き、、
生産現場の配管点検と管内の不純物除去等を行い、
工場初出勤と言う事で早めに切り上げ市内へ食事に行き上海の風情に驚きの声をあげました。。

が・・・・<驚いたのは、第三日目からです。
第三日目からは、朝八時までには工場へ入ろうという事で、七時40分にホテル出発になりました。
迎えも、工場の運転手がワゴン車で迎えに来てくれる事になりました。

運転手は20分頃にきました。何やらブツブツ言っています。
八時は、上海の大半の会社や工場の始業開始時間です。
二日目と比べると、、途轍もなく人が多い・・・溢れています。
道幅は日本の3〜4倍は有るでしょう・・・その道が「人」と「自転車」「車」で溢れています。

「ビィー・ビィー・ビ・ビ・・」と周りの車がクラクションの連打で、街中が騒音に包まれています。
その当時は、クラクションを幾ら鳴らしても公安に注意される事は無く、
交通マナーも非常に悪く、、早い者勝ちの雰囲気で、運転手もそぉ言っていました。
日本とは反対の車が右側通行ですから、、左折の時は対向車を確認し左折するのが常識ですが、、

「確認していると、対向車に認識されたら、相手が突っ込んで来るので、首まで動かして確認しない。」
・・・・運転手が平然と言います。
(もちろん通訳を通しての会話です、この当時私も他の日本人も中国語は話せませんでした。。)
恐ろしい事を平然と言いますが、、、納得出来るんです。確認していたら曲がれないんです。人や、自転車や、車が、、
でも、危険極まりない・・
もし、、もしも、、人の足でもひいてしまったら・・・事故になったら・・・

運転手を含めて、中国人の幹部や総経理までもが、、言うんです・・
大丈夫・・此処は中国ですから、中国人に任せなさい。
「運転手(後に親しくなる)の「李」も運転は上手です、事故は起こしません」安心していたら良いです。
・・・そぉ言うんです。。

ただ、、
運転手が要求しました。
朝は車や自転車が多いから、、迎えを少し早く来ても良いかと言います。
もちろんOKです。

ひと昔前の中国の街かどの通勤風景をテレビで見た人なら、想像出来ると思うが、、
その想像をはるかに超えた大渋滞の渦が街中に溢れているのです。
余りの多さに、日本人の交通ルール感も引っ込みました。
「ここは中国、異国なのです。」
「豪にいらずんば、豪に従え」

だが、、この位で驚いてはいけない。
(この当時の写真が無いのでお見せできないのが残念ですが・・・見たくないかもしれません??)

中国の庶民の足と言えば「バス」です。
その当時は二連結のシャトルバスが主流で下が、日本の大型バスが二つ連結されて走っているという感じです。
だから乗客も半端じゃない、すし詰め状態で走っていました。

だから、、おのづとバス停があります。
概ね3〜4路線のバスが一つのバス停に止まります。
そして、つい最近まで運賃は乗り放題の安い設定運賃が大半でしたので、、
その乗客は、バス停に溢れていました。
(中国の道は、幹線道には歩道の外側に補助の緑地帯が幅約8〜10mあります)
その補助の緑地帯にも、バス待ちの乗客が溢れかえっています。

ここで、、

度肝を抜かれました。。

バス停に近づくと、霞んでいるんです。。

湯気が立ち昇り、霞んでいます・・立ち小便の湯気なのです。。

その脇を通り会社へ向かいます。
が・・・・・・会社の前にも10m程離れた処にバス停が、、、やはり霞んでいました。

下の画像は、工場二階の事務所から撮った物ですが、正面右「阿倉飯店」の右側がバス停でした。
そこが、、立ち小便の湯気で霞んでいたのです。ほぼ毎朝の事でした。。
工場の事務所から見た光景

でも、、もっと驚きます・・・それは、その日の帰り道です。
日本人が乗合で帰るのですが、、一昨日来たばかりの私達四人はその時・・・瞬間何事かと・・
そして感動し、、ものが言えませんでした。
中国の真の姿を目にします、その光景は・・・・・

続きは次回に、、再見!