■ 思い出の中国 日本国旗 中国国旗 その十:通勤風景

※ 中国で生活した約14年間の思い出を書いています。


■思い出の中国:その十(2010.9.9)

工場への通勤風景

初めに業種ですが・・アパレル:縫製工場
((私の任務は、当初は縫製技術指導と品質管理が主な仕事です。))

■ 通勤

私が居た工場では98年頃までは自転車通勤が大半で、
次に会社の送迎バス、そして三番目に一般の乗り合いバスでの通勤の順だったと思います。
生活レベルの工場に伴い自転車通勤は減り、「原動機付き自転車(電動バイク)」が増えてきました。

自転車通勤者は大雨の日でも、自転車できます・・雨だからs、乗合バスで来る者はいませんでした。
中国式雨カッパを着て自転車できます、男も女も、、少し位雨にぬれても平気です。

ズブ濡れになっても、雨の日に濡れるのは平気です。

雨等の水を逃がす排水溝の整備は非常に遅れていて、(現在でも水害を増大させる原因として整備を進めています)
2003年頃までは、その状況は悪く・・少しの雨でも道路が冠水していました。

ちょっとの大雨でも、工場の入り口は水浸しで一段高くなっている玄関口へ車を横付けしないと足は水に濡れます。
私たち日本人と、会社の送迎バスでの通勤者は・・車が玄関に横付けしてくれますので濡れることは有りませんが、
一般乗合バスと自転車通勤者は、、少なくても「足」はズブヌレになります。

でも、平気です。 文句や愚痴を言う者はいません。
靴が濡れるのを嫌って会社の入れ口に入る時は素足です。
日本人と目が合うとクッスと笑います、、素足で雨に濡れながら小走りに玄関に向かってきます。

93年の5月の中旬に大雨が降り、玄関から外は水浸しの日がありました。
退社時に、いつもの様に10人乗りワゴン車が私たち日本人の為に玄関へ横付けしました。

出発しようとした時、もう一人の通訳「よしこ」が私も乗せてと走ってきました。

通訳の「典子」も美人ですが、「よし子」も美人です。
よし子は一般乗合バスで通勤していましたが、今日の帰りは別なルートで帰るから、、
途中まで日本人の送迎バスに乗せてほしいと走ってきました。

服装は流行の最先端をいく若者ルックです。いわゆる「海 派(ハイパイと言って流行の先端を走る上海の若者の事)」です。
しかし、玄関も雨で濡れていて、滑りました。。
車の横を滑って、玄関下の冠水した水の中へズッボッッと滑り込みです。

見ていた周りの者はキャーと悲鳴をあげましたが、、
彼女は、ニャニャしながら冠水した水の中から立ちあがり「大丈夫、大丈夫」と笑いました。
日本人は固まりました。
・・・服が水で透けて、体の線がクッキリと出ています(ビキニショーツも丸見えなんですが、、)。

しかしです・・
さすが中国人・・平気な顔をして、車へ乗り込むと・・
没関係(メイクワァンシィーと言って大丈夫の意味)」と中国語で運転手に声を掛けます。車は、何事もない様に出発しました。

余談ですが・・
その日は、急遽ホテルで「よし子」の服が乾くのを待ち、、
「よし子の水濡れを祝う焼き肉料理を食べる会」をしました。
よし子は、最後まで笑い顔を絶やしませんでした。


続きは次回に、、再見!