■ 思い出の中国 日本国旗 中国国旗 その八:有機栽培

※ 中国で生活した約14年間の思い出を書いています。


■思い出の中国:その八(2010.7.30)

有 機 栽 培

中国へ着いて暫くして、中国の総経理と私の会社の相談役から同じ様な注意を受けました。

生活についてです。

総経理からは、「街へ出た時には屋台で食べ物を買うな、食うな!」
衛生的に良くないので、上海人でも食べる人は少ない、、
食べている人は外省人が殆どだと教えてくれました。

「特にwujing(私の事)の好きな麺類は特に非衛生的で、絶対に食べてはいけません。」
そぉ言われました。

一方、相談役は、「中国の食物は「有機栽培」だから絶対に生で食べるな。」と教えてくれました。

日本でも東京オリンピックの頃までは有機栽培もかなり残っていたと記憶していますが、、
腹に寄生虫(回虫等)が湧くのです。

日本では自然食品と言って騒がれた時期もありましたが、その栽培方法の事を「有機栽培」と呼んでいます。

しかし以前は、
有機栽培イコール人糞を肥料として使っていました、その為・・大人も子供も寄生虫に悩まされていたものです。

1993年の中国の有機栽培がまさにそれで、、日本の1960年代前半の栽培方法なのです。
その当時は上海でも寄生虫の検査が一般に行われ、衛生面では後進国そのものだったのです。

或る日の事・・
私はトマトが大好きで、
「果物(正確には果菜に分類するそうですが、、)ならトマトが一番好き。」と言う事を聞きつけて、
ホテルへ帰る送迎車を待つ10分程の間、バケツにトマトを入れ水で冷やし、
それをを食べろと運転手が用意してくれました。

思わず、、食べかけたのですが、
相談役が、「今食べたら駄目だ、ホテルへ持って帰って良く洗ってから食べろ!」そぉ言って止められました。
私も、「おっととと・・・」と、かぶりつく寸前で「謝謝」「謝謝」と言って食べるのは思いとどまりました。

それからです、
トマトは皮をむいで食べるようになり、帰国までその習慣は続きました。

何故、有機栽培が非衛生的化と言うと、それは販売方法にありました。

2003年位までは、食料品は「自由市場」と「露天」で売られ、
大型小売店(スーパー)や百貨店で食料品はほとんど売られていませんでした。

自由市場や露店では取れたままの姿で仕入れ、
泥等が付きすぎていれば大きなバケツで泥を落とすだけで、とても消毒等はしません。
卵などは、糞まびれのまま売られていました。

肉も魚も野菜もいっしょくたで売られ、その臭いたるやすさまじいものでした。
蛙や蟹等も一緒に売られていました。
自由市場と名がつけば、小さくても面積は50mx50mはあり、それ以上のもっと大きな市場も数多くありましたが、>br> どこも売り方は一緒で、値段交渉は駆け引きの見せどころ的な売り方でした。

夏場は、クーラーは無く扇風機のみで、、魚のにおいや肉の臭いが鼻をついたものです。
そして、中でも圧巻は肉屋の豚・・まるまる一匹がそのまま店に並んでいることもありました。
その一匹を切り売りしていました。

そんな売り場環境でしたから食料品は、野菜、果物といえども生では食べてはいけない状況でした。

そして、男女を問わず、、トイレの後の手洗いのいい加減さにはあきれるものがありました。
ハンカチを持つ習慣がありませんから、洗った後の水切りは、手をたたくのです。相撲のかしわ手の様に、
「パッチン」と両手をたたき合わせて水を切ります。

大人しい人は、手を乾くまで振っています。
又、人によっては部屋のカーテン等で拭いている人もいました。

こんな、真の姿を受け入れられない日本人も数多くいました。

あんな所へは二度と行きたくない。

中国へ出張するくらいなら仕事を変わりますと退職した者も居ました。

続きは次回に、、再見!