エッセイ:中国滞在記

■ 思い出の中国  日本国旗 中国国旗

※ 中国で生活した約14年間の思い出です。「表紙」
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江蘇省太倉市人民路
※ 中国駐在時の三年間程 ( 太倉勤務の内半分ほどの期間 ) 矢印↓の建物の二階へ住んでいました。
長い中国生活の中で、住居はここが一番綺麗で設備も一番整っていました。
なかなかこういう建物は借りれないのですが、中国で知り合い友達になった「陳」さんが貸してくれました。


■ ここが「思い出の中国」の表紙です。

■初めて中国へ(2010.5.21)

1993年4月に初めて中国に行きました。
社長から、中国へ行く気があるかと問われたのは1991年の10月頃だったと記憶しています。
そして、1992年に転勤した事もありその事はほとんど忘れていました。

1993年の年初めに県北のファミリーマラソンに参加し、なんとかゴールしたら・・
なんと・・転勤前の工場の友達が居て、
「よぉ!元気を出してから・・」と、私を見つけて駆け寄ってきました。

彼は私服を着ており、「今日は息子が出るから、応援に来た。」と話してくれました。
彼の息子は、地元では有名で各地のマラソンに出ていました。
私が参加したファミリーの部とは違い、フルマラソンの部でしたので、、彼の息子のゴールを一緒に待つ事になりました。

その時、彼から・・「そぉや、お前。中国に行くメンバーに入っているぞ。」と聞き・・・
そぉ言えば、昔、社長がそんな事を言っていたなぁと記憶が蘇りました。

それから暫くして、会社から正式に伝達を受けパスポートの用意をするようにとの依頼が来ました。

それからです。。
私の中国に対する勉強が始まったのは、、
中国語、中国の風習と習慣等の本を買って来て読み始めました。

しかし、後から分かった事ですが・・・・その頃買った本は、創刊号は1991年頃のものが多く、
その元になった資料は、なんと、、悪評高い「文化大革命」終了当時を参考に作られていました。

でも、私にとっては、、唯一の庶民文化を知る本でした。
買った本が悪かったのか、売っている店が悪いのか、、
真の中国とは違う「中国」がそこには書かれていました。

「同志」tongzhi(トンチィ)は、相手に対する尊敬語で、問いかけの時は最初に発するように書かれていました。
「同志○○○○○」という具合に書かれていました。
意味は、「志を同じくする尊敬する人」ですが・・・・

初めて行って、片言で中国語を話しても発音が悪く通じません。
そこで、、漢字で書きました。

笑われました。
「昔は、よく使いましたが、今はほとんど使いません。」
「使うと、可笑しくて笑われますョ。。」
「でも、日本人だったら、、笑われないかもしれません。」と教えてもらいました。

今日の初回はこんな感じで、挨拶とさせて頂きます。
次回から、wujingが体験した真の中国の思い出を書いていきます。

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